不思議な時代になりました。ただ焚き火が燃えているだけの動画が、何百万回も再生されています。暖炉の炎を延々と流すだけのチャンネルを、世界中の人が、寝る前に眺めている。誰に教わったわけでもないのに、人は、火を見ると落ち着く。今日は、この不思議の正体を考えてみたいと思います。そして、画面の中の火と、本物の火の違いについても。
炎のゆらぎには、リズムがある
炎のゆらめきには、「1/f(エフぶんのいち)ゆらぎ」と呼ばれるリズムが含まれていると言われます。規則的なようで不規則、不規則なようでどこか規則的。実はこのゆらぎ、小川のせせらぎや、木漏れ日、波の音、そして人の心拍にも含まれているのだそうです。つまり炎は、自然界の心地よいリズムと、同じ拍子で揺れている。私たちが炎から目を離せなくなるのは、体の奥のリズムと、どこかで共鳴しているからなのだと思います。
何十万年ぶんの、安心の記憶
もうひとつ、もっと深い理由があると、私たちは思っています。人類は、何十万年ものあいだ、夜ごと火を囲んできました。火のそばは、あたたかく、獣が近寄らず、仲間がいる場所。人類の歴史のほとんどにおいて、「火が見える」ということは、「今夜は安全だ」ということでした。電気の明かりの歴史は、たかだか百数十年。私たちの体には、火を見ると安心するようにできている、何十万年ぶんの記憶が刻まれているのです。焚き火を囲むと、初対面の人とでも自然に話せてしまうのも、火のそばが、人類の最初の集会所だったからでしょう。
画面の火と、本物の火
焚き火の動画にも、確かに癒しはあります。でも、本物の火には、画面が逆立ちしても届かないものがあります。まず、熱。頬にじんわり届く輻射の熱は、映像には映りません。次に、音。薪がはぜる、ぱち、という音の立体感。そして、香りと、世話。薪を足し、空気を調整し、火の機嫌を読む。火は、眺めるだけでなく、付き合うものです。この「五感ぜんぶで火とかかわる時間」こそが、動画では得られない、本物の火の癒しです。(薪の音と読書の相性は、こちらに書きました。)
暮らしの真ん中に、炎の特等席を
薪ストーブは、この本物の火を、暮らしの真ん中に置くための道具です。ガラスの大きな扉の向こうで、毎晩、炎が揺れる。テレビを消して、部屋の明かりを落として、家族がなんとなく火の前に集まる。スマホから顔を上げて、炎を眺めるひとときが、一日の終わりの習慣になる。焚き火のような手軽さはありませんが、そのかわり、家全体をあたためながら、毎晩、絶やさず付き合えます。キャンプで焚き火に魅せられた方が、その火を家に持ち帰る手段として薪ストーブを選ばれるのは、自然な流れだと思います。(暗い部屋で火を見る贅沢は、こちらにも。)
サウナ好きにも、薪の火を
そして、サウナ好きの方へ。薪ストーブ式のサウナヒーターなら、サウナの中でも、この炎と付き合えます。ハルビアの薪ストーブサウナは、火の世話をしながら入る、いちばん原始的で、いちばん贅沢なサウナです。火を焚き、石をあたため、蒸気を上げる。人類が火とやってきたことの、いわば集大成です。
本物の火を、あなたの家に
岩手・盛岡のD'STYLEは、ハースストーンやバーモントキャスティングスの薪ストーブ、ハルビアのサウナヒーターの設置を通じて、本物の火のある暮らしをお手伝いしています。動画の焚き火を、今夜も再生しているあなた。そろそろ、本物の火を飼いませんか。店の実機で、炎のゆらぎを眺めながらのご相談、おすすめです。いつでもお待ちしています。



