盛岡で、サウナと薪ストーブの仕事をやっています。ディースタイルの橋本です。私は、長くて暗くて、朝は雪かきから始まる、岩手の冬が大好きです。
薪ストーブ屋だからでしょう、と笑われることもあります。確かに、そう思われても仕方がない。でも実を言うと、冬が好きで、それでこの仕事に就きました。
祖父は、山の人でした
祖父は、住田町の山主でした。若い頃は樺太まで渡って林業をやって、伐った丸太を二週間かけて川に流して運んだ、なんて話を、子どもの頃に何度も聞かされました。とにかく、そういう人でした。
帰ってきてからは、自分の山を手入れして、薪を作って売ったり、果樹園をやったりしていました。父も好きで、造園屋をやりながら薪を売っていた。そして、私で三代目ということになります。そういうわけで、我が家にはいつも薪の火がありました。ありがたいとも、特別とも思いませんでした。むしろ私は、幼い頃、薪づくりが面倒で嫌でした(笑)。
いちばん覚えているのは、小学生の頃の、玄関の暖かさです。学校から、腰まである雪をこぎながら歩いて帰る。足の感覚もなくなった頃に、ようやく家に着く。玄関を開けると、一気に薪ストーブの暖かさが、体を包んでくれる。特に、顔がぶわっと火照ったのを、今でも覚えています。そのままストーブの前に座り込んで、濡れたジャンパーや靴下を乾かしながら、パチパチいう音を、ただただ聞いている。あの時間が、子どもながらに、一年でいちばん好きでした。
寒い土地に生まれた火は、
暖かい土地の火とは、少し意味がちがう気がします。
エアコンでは、だめなのか
ことわっておくと、エアコンや灯油ストーブを悪く言う気はありません。速いし、楽だし、うちにも普通にあります。
ただ、ひとつだけ違うことがある。薪火の前には、人が集まるんです。私の『薪ストーブ用語集』では、「大きな炎は人を遠ざけ、小さな炎は人を集める」と言います。薪ストーブの前には、気づくと誰かがいて、犬もいて、猫もいる。天板では、鍋ややかんがコトコトいっている。暖房というより、家の真ん中で小さな焚き火をしているような感じです。
薪ストーブを入れたお客さんが、口を揃えて言うことがあります。「冬が来るのが、楽しみになった」。薪を割って、積んで、火を入れて、燃えるのをぼんやり見る。面倒です。はっきり言って、面倒です。私も、子どもの頃は得意じゃなかった。でも今は、その面倒くささごと、冬が自分の手のなかに入ってくる。そんな時間が、贅沢だとすら思うことがあります。
だから、ショールームには火が入っています
うちのショールームでは、薪ストーブに実際に火を入れています。カタログの写真をどれだけ眺めても、暖かさだけは、どうやっても伝わらないので。雪の日に、火にあたりに来るだけでもいい。火の前で、岩手の冬の話でもしましょう。薪のこと、煙突のこと、サウナのこと。聞きたいことがあれば、なんでも。
買う・買わないは、正直どっちでもいいんです。けど、薪ストーブやペレットストーブの暖かさは、知ってほしい。体の芯まで温まるあの感じは、体感した人でないとわからない。店に来たお客さんが、こんなに温かいのか、と驚くこともあるほどです。年配のお客さんは、よく言います。「やっぱり薪ストーブがなきゃ、だめだよね」って。
冬が、いちばん好きになる。うちが売っているのは、まあ、そういうものです。



